サーバー事故

日経の記事によると6月20日にヤフーの子会社ファーストサーバーで5600社の重要データ消失事故が発生したとの事です。

顧客情報や受注情報を失いゼロから再構築しなければならない企業も多数あったとか。

サーバー事故は地震等の災害時に起こる可能性を考えていました。

実際、サーバーの電源が予備も含め一カ所で管理されているサーバー管理棟もあると聞いていたので、災害時に一気に障害が発生する可能性を考えていましたが、今回の原因がヒューマンエラーだったとは…。

 

日経新聞によるとセキュリティー上の保守作業を行っている際、不要なファイルを削除するコマンドを使ったが、停止させるコマンドを記述し忘れ、保守対象のコンピューターの指定も忘れ、検証用のシステムも使っていなかった為大量のデータ消失となったようです。

サーバーのデータはガッチリ二重三重に保護され万全を期していると思っていたのですが、単なるうっかりミスや手抜きでいとも簡単にデータが消失する事にショックを受けました。

キッチリ決まられた作業手順を守れば事故など起こらないのですが、どんなに優秀なシステムも、長い間何も起こらないでいると、それを管理する人間が手抜きをし始めるのは悲しい人間の性であります。

何事も無いと、この位は大丈夫、これは省いても大丈夫…となってくるのです。

人間が賢い証明なのですが、これがよい方向に向かえば業務の簡素化効率化に向かうのですが、違う方向に向けば、安全性の軽視や油断になってくるわけです。

 

この事故を受けて、企業も重要データの管理は分散管理が必要になって来る事は間違いないでしょう。

バックアップを自社で保有していた所は復旧も早かったと聞きます。

しかし情報セキュリティーの問題もあり自社管理する事によるコストや危険性を考えると、バックアップ用に運営会社とサーバー設置地域が違う場所での管理も必要になってくるかと思います。

個人レベルでも写真やメール、各種データをクラウドに預けている方も多いかと思います。

特に写真は二度と同じ物が撮れない事を考えると、貴重なデータなのですが、整理もされないままゴミ箱に放り込ようにクラウドに預けている方もいると思います。

何処かにバックアップが残っているなら全然問題ないですが、サーバーに預けたら安心して手元のデータを削除してしまう人は注意して下さい。

特に無料のサーバーに写真を預けている場合、今回のような事故があっても無料サービスなので個人では文句は言えません。泣き寝入りです。

有料サービスであってもその月々の使用料以上の保証はして貰えません。

利用規約に「バックアップは個人の責任で…」という条文が必ず有る筈です。

2020年には35ZB(ゼタバイト)、350垓バイトの情報が流通すると言われております。

その情報が全部安全に管理されるのでしょうか?

情報のセキュリティーやデータ管理に関して、個人でも安全な運用を考えなければならない時代が来ています

ミノルタの由来に異議あり!

ブログ記事を書く為に色々調べ事をしていると様々な情報に行き当たる事があります。

これもその一つなのですが…。

現在のコニカミノルタって小西六とミノルタカメラが合併して出来た会社なのですが、世界初のオートフォーカス一眼レフカメラで一世を風靡したミノルタカメラもミノルタの名前を残すのみで、デジタル化の後塵を拝したカメラ事業はソニーに引き継がれました。

そのミノルタカメラの名前の由来なのですが一般的には「実る田」とか「Machinery and Instruments Optical by Tashima」の略称とか言われていてWikipediaにもそう記されています。

しかしミノルタカメラの歴史を少し調べると、それでは少しおかしい事に気が付きます。

当初ミノルタという名はカメラのブランド名でした。

ミノルタは田島一雄氏が1928年に「日独写真商会」を立ち上げたのが始まりです。

その後1931年には「モルタ合資外社」に社名変更しています。

「モルタ合資会社」の名前の由来はMechanismus Optikund Linsen von TAshimaの頭文字から取ったそうです。

ごらんの通りドイツ語です。カメラの本場はドイツだったわけですから当然です。

その時の主力商品が「ミノルタカメラ」でした。

と言う事は…カメラに「Machinery and Instruments Optical by Tashima」という仰々しい名前を付けたと言う事になります。それも英語で。

それに「… by Tashima」としていると言う事はそのカメラの設計が田島さんと言う事を表しているようで不自然です。ミノルタカメラの設計者は千代田実氏です。

コンピューターのない時代にカメラやレンズの設計をする事は膨大な計算を必要とし、正に設計の職人芸であったと思われます。

それ故ドイツでは設計者の名前がそのままレンズの呼び名になっていた時代です。

「モルタ合資会社」からカメラ設計者の名前を冠した「千代田工学精工」と社名を1937年に変更するのは技術の最先端をアピールする意味もあったのかもしれません。

「千代田工学精工」の主力製品と言えば千代田実さんが設計し、実とういう名前から「ミノルタ」と名付けられたカメラだった。

後に主力カメラの名前を社名にして「ミノルタカメラ株式会社」が1962年に誕生した。

実に自然な流れだと思いませんか?

 

またロッコールの名前の由来である六甲連山が見えたのは千代田さんの自宅からだとの事です。

一般的に言われているのが田島一雄さんの自宅や事業所から六甲連山が見えたので、レンズを「ロッコール」と命名したと諸説あります。

 

どちらが正しいのか確証はありませんが、引き続き調べてみても面白そうです。

なにせ若い頃お世話になったカメラメーカーですから…。